結婚のハードルを低くもち、最も身近な協力者を手に入れましょう
およそ100年前
小泉セツは、2度目の結婚で4人の子どもに恵まれ慎ましくも、楽しい家庭を築いた。
異国人との結婚がどのうような形であれ、苦楽を共に人生を楽しく歩めたのは
1つは相性
もう1つは似たような境遇や体験の一致であると子孫の小泉凡さんは語っています。
100年前の結婚観
伴侶に求めるものとして、人生を共に歩む協力者、外見は度外視されることが多分にあった。家と家との契約。明治維新により身分制度は廃止されたが、格式を重んじた中、結婚は家と家との結びつきと考えられる。
小泉セツの場合、両親等の一族の中に婿養子をとる形でなければ結婚ができない状況であった。
1度目の結婚はお互いに借金を抱えていたという境遇であり、家計がうまくまわらずにその貧窮した状況で婿が逃げた。
逃げた先(大阪)へセツも追っかけていったものの、婿の気持ちは固まっていたのか、辛らつな言葉をセツに投げかけ、そのまま離縁している。セツはその時とても傷ついたと後に語っている。
その後の出会いで、異人の八雲と結ばれる訳だが、大学教師として各所を転々とする八雲に小泉家の面々が同居しその都度引っ越している。つまり、1度目の結婚と同様、婿養子で一家の大黒柱が八雲であった。この時代に八雲の収入が破格であった為、慎ましくも幸せな結婚生活が送れたといえる。
熊本大学を辞めることとなった際、八雲はセツの親族をも背負っていく重圧に負けそうだと友人宛の手紙で気持ちを吐露している。
100年前の結婚は今よりも、後を継ぎ、家督となり一家を養うことが結婚観だったようである。
では、現代の結婚観をもとに現代の若者の結婚相手を見つけるための考察をする。

結婚して他人と一緒に暮らせるか、そのような包容力のある性格をしていない
面食い、年上、シブオジ、美人、スタイル重視
泣き言や愚痴を言われるのが嫌
誰かと過ごし、相手の為に意見を譲る、折れてもいい相手がいるのか
明るさにかける
指図されたくない
寂しがり屋だが、放っておいてほしいときに構われるのが苦手
恋をしても積極性がないため、常に誰かのせいにして言い訳ばかりしている

気持ちが12歳頃のままで、好奇心だけで動き枠にはまったことが嫌い
プライドが高い、臆病で見栄っ張り
失敗が怖い
へんなこだわりが沢山ある
起きてもいないハプニングや負を勝手にマイナスに考える

こうしたら良くなるよ
未経験なことは、誰もが臆病である
自分がもし結婚したら面白いかなと考えてみてください
「義父さん、義母さん」というフレーズを言って楽しいかな
空想でもよいので楽しい気持ちを想像できるのか考えて
恋や結婚は共に生活をしないといけない、世間との接触を考えると面白いわけがない苦労をしないといけない
何でも面白いと思わないといけない
モテ期のうちに結婚しよう
怖気づかずに飛び込んでいきましょう
幸せの全ては度胸
失敗を避けると人生大失敗をしてしまう
1回目の結婚で上手くいっている人は奇跡と思いましょう
1回目の就職で続けるのが難しいのと一緒で1回目の結婚で上手くいこうと思うことで苦しくなる
どうせ失敗したり、上手くいかなくなるかもしれないと思っておこう
素直になること、出会いは紹介も良い、先輩や上司に紹介して貰うのが良い
1人の世界に閉じこもりがちだから、敢えてBBQや飲み会などの親睦の場に飛び込むと良い
取り合えず、ホームパーティーをして下さい、色々な人を招いて下さい、男、女関係なく、恋人がいないのにホームパーティーをやったことがない人はそれが原因です

面白がって役割を演じてみることも大事
楽しまないと恋も逃げちゃいます、楽しいのが1番です
いかがだっただろうか。家事も育児も、男女間も100年前と現代とでは大きく違っている。
しかしながら、家族の温かさ、ぬくもりというものは同じではないだろうか。そのようなぬくもりの中で苦楽を共にするということの幸せとは今も昔も同じだと言える。


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